光と色彩の祭典として知られるティハール(Tihar)は、同時期にインドでディパワリ(Deepawari)が祝われていることもあって、お祭りとしては最もにぎやかであると言って良いでしょう。ダサインが家族や親族の家の中に集い、絆を深める儀式であるのに対し、ティハールでも儀式は行いますが、よりアウトドアでの行事や祭事に力点がおかれています。
ティハールは富と繁栄と豊穣の女神・ラクシュミ(Laxmi、日本では吉祥天)を家に招いて、一家の繁栄を願う祭りとされていますが、実は起源に深く関わっているのが死を司るヤーマ神(Yama、日本では閻魔)にまつわる伝説です。ティハールで行われる儀式は、ヤーマ神の妹・ヤムナ(Yamuna)が、兄に会うために行ったとされる様々な所行を忠実に再現していると言われています。
長い間、兄・ヤーマに会えなかったヤムナは、会いに来て欲しいという伝言を、まずカラスに託しました。そこでティハール初日はカアグ(Kaag、カラス)ティハールと呼ばれ、カラスにお供えを捧げます。この伝説により、カラスは死を司る兄妹の伝令役で、人間には死を知らせに来る不吉な鳥とされています。死の知らせは朝もたらされると信じられているので、カアグ・ティハールの日にはひとびとは朝からお供えを捧げて、自分のところには来ないように祈ります。
ヤムナが次に頼ったのがイヌ(Kukur、ククル)でした。イヌは危険と死の知らせを察知できると考えられていて、ククル・ティハールの日には、ひとびとはイヌの額にティカ(Tika、額につけてもらう印(いん)で、お守り・息災等の意味がある)を施し、首にはマリーゴールドの花で作った首飾りをかけて供物を捧げ、危険や死の知らせに気付いたらいの一番に自分に知らせて欲しいと願いをかけます。
カラス、イヌに続いて使者として送られたのが雌ウシ(Gai、ガイ)でした。ヒンズーの聖獣でもあるガイのティハールプジャは、額だけでなく体中のあちらこちらにティカを施し、マリーゴールドの花輪をかけ、供物を捧げて感謝の気持ちを伝えます。この日は午後から豊穣の女神・ラクシュミを家に迎え入れるラクシュミ・プジャ(Laxmi Puja)が行われる日でもあります。赤土やオイル、さまざまな色粉などを使って玄関の前にお迎えの聖画をしつらえ、オイルろうそくを灯して、女神を我が家に招き入れます。家の中ではお供えと祈りが捧げられます。
兄ヤーマとどうしても会えないヤムナは、ついに意を決して自分から会いに出かけることにします。この時彼女を牛車で連れて行ってくれたのが雄ウシ(Goru、ゴル)なので、ティハール四日目はゴルにプジャを施します。この日は伝統的ヒンズー価値観では「浄」のものとされる牛糞を使った、ゴヴァルダン・プジャ(Govardhan Puja)という特別なプジャも行われます。この日はまた、カトマンズ盆地の先住民族であるネワール族のマー・プジャ(Mha Puja)の日でもあります(Mha Pujaの項を参照)。
ようやく兄ヤーマに会うことが出来たヤムナは、兄の額にティカを施し、油やセンニチコウなどの植物を捧げて、それらが乾ききるまでは一緒に居て欲しいと懇願します。従い、もっとも大事とされているティハール五日目のバイ・ティカ(Bhai Tika)では、女性が目上の男性にティカを施して無病息災を祈り、同じように油や植物が供物として使われます。
そうした伝説や儀式を知らなくても、とにかく光に輝くネパールの町や村々は、とても幻想的で美しい光景を見せてくれます。カトマンズに居られるなら、スワヤンブナート(Swayambu Nath)やシヴァプリ(Shivapuri)など少し高いところから、ラクシュミのために光輝く町を見下ろしてみましょう。郊外や田舎の村に居るから、と、ティハールには参加出来ないとあきらめる方がいらっしゃいますが、実は伝統的なティハールは郊外や村でこそ、より美しさを体験できます。電気や電灯がほとんどない村々で、ひとつひとつの家がせいいっぱい並べたオイルろうそくがいっせいに灯る光景は、とても言葉では言い表せない強烈な印象を与えてくれるでしょう。目の前のオイルろうそくに目が慣れて、田んぼや畑や川の向こう、そのまた先に続く山や丘の中にも、同じように灯っているろうそくが大きく小さく、まるで星空のように見えてくるときのあの感動は、燃料や電気が豊富な市街地では味わえない「一生こころに残る」ものでしょう。
光を灯すことで豊穣の女神ラクシュミが喜び、お返しに御利益があると考えられているため、ティハールの間はあちらこちらでオイルろうそくや電飾が煌々と灯されます。あちらこちらからひっぱりだこの女神を迎え入れ、すぐに次の家に移動してもらうため、家中の窓という窓、ドアというドアが開け放たれ、すべての電灯のスイッチが入れられ、玄関にも窓にも階段にもお手洗いにも(!)、なにがしかの明かりがついているのがネパールのティハールです。
ヤムナが兄ヤーマにティカを施している最中、ヤーマの部下が死人の魂を受け取りに訪ねてきた、という伝説もあります。ティカを施し兄と一緒に居る間は、魂を運ぶのを待って欲しい、というヤムナの願いが通じたことから、目下の女性が目上の男性にティカを施して長寿を祈るバイ・ティカが行われる、との逸話です。ほかにもいろいろな説がありますので、興味のある方は調べてみても面白いかもしれません。
バイ・ティカの時には、ティカを施してもらった男性は相手に贈り物(お金のこともあります)を渡し、最後は呑んで食べて、ティハールが終わります。ティハールの間は、この日のために相談や練習を積んできたこども達のグループが家々を巡り、歌や踊りを披露して、お返しにおやつやお金をもらう、という習わしがあります。ツーリストとしておいでる方々には、時にわずらわしく感じることもあるかもしれませんが、ネパールに住む我々は、誰もが一度はもらう側として歌い、踊ってお小遣いをせしめて来ましたので、腹を立てることもなく笑って眺めていることが多いように思います。
来ちゃった!ネパール!