
パシュパティナート
ヒンズー寺院の中でも聖地中の聖地。祈り、火葬、アーラティ、プジャ、あらゆるヒンズー祭事にどっぷり浸かって、あの世を垣間見てみよう。
8月終わりから9月の始めのどこかで、3日間の女性のお祭り、ティージ(Teej)があります。占星術により毎年日程が変わるので、興味がある方はカレンダーで確認して下さい。(2019年は9月1日が初日、3日がリシ・パンチャミ(Rishi Panchami)です)
ティージは民族やカーストを問わず、国中で、それも女性だけで行う祭祀で独特のきらびやかな雰囲気があります。深紅のサリーに身を包み、大きめのティカ(Tika、額につけてもらう印(いん)で、お守り・息災等の意味がある)を眉間に戴いた女性達は持てる限りの装飾品でめかしこみ、連れ立って祭祀の集会所に繰り出して、一日中謳い踊り続けます。ガールズイベントのようですが、集会所が村の寺院や広場というのがネパールらしいところでしょうか。結婚している女性にとっては堂々と里帰りできる日でもあります。
一日目、実家に集まった女性達は再会を祝しながらダール(Dar)と呼ばれるご馳走に舌鼓をうち、延々と食べ、おしゃべりをして楽しみます。深夜まで話し込んだら翌日は断食の日。24時間なにも口にしないのが正統派のしきたりで、飲まず食わずで過ごします。精神論者には「唾液も飲み込んではいけない」という人も居るほど、この断食には意味が求められています。ただ近年の科学的な知識の広まりもあって、理由があれば水を飲んだり、果物を中心とした軽食を摂るのはかまわない、という家庭もあるようです。断食の苦行を忘れるかのように、国中の女たちがそれぞれの寺院の前や集会所、広場等に集まって年の差も出身も関係なく、朝から晩まで深紅のサリーを着飾って謳い、踊る姿は壮観です。この世には自分たち女しか居ないのだ、といわんばかりに、暑さも雨も意に介さずただただ謳い踊ります。
集会所として使われる寺院のなかでも、カトマンズのパシュパティナート(Pashpatinath)はティージの時も総本山としての底力を見せつけてくれます。何千着もの深紅のサリーをまとった女たちが延々と舞い踊り、写真を撮ろうとしている外国人女性を輪の中に引っ張り込んで踊り続ける光景も珍しくありません。
男には目もくれずに踊り続ける女の祭祀、ハリタリカ・ティージの目指すものはしかし、世の男たちに向けた総身をかけた願いである、といえば不思議に思われるでしょうか。女たちが集まり祭祀を祝っているとき、未婚の女性は家族内の男たちの無病息災と良き伴侶に恵まれることを願い、既婚の女性は家庭内の男性の無病息災のため、自らのシャクティ(Shakti、森羅万象の根本原理、宇宙的根源力、とされ、女性の持つ創造力・母性概念を示す)で男たちを守ることを願う、とされています。一日目のごちそうも、二日目の断食とサリーと舞い踊りも、この願いを心の内に秘めての祭祀儀礼なのです。「唾液も飲み込んではいけない」という精神論も、この願いが背景にあるとわかれば急に重みを持って聞こえませんか。
ティージ三日目は最終日、この日はリシ・パンチャミ(Rishi Panchami)と呼ばれるネパール全土の祭日です。里帰りと祭祀を済ませた女性達は、決まり事に習って七聖人にお供えを施し、聖水で身を清め、ダティワン(Datiwan)という名の、木の枝で作られたブラシで歯磨きをします。一年間の不浄をここで洗い流す、という含意がありますが、文化の項で述べたように「浄・不浄」を重んじる伝統的ネパール価値観の中で男性優位社会に生きるネパール人女性達という観点から、非常に重要な意味合いを含んだ祭祀儀礼であると言えるでしょう。
来ちゃった!ネパール!